SLばんえつ物語号
鉄ちゃんを自称する一人としては、かねてから乗りたいと思っていた、磐越西線を走る「SLばんえつ物語号」にようやく乗ることができた。
その記念すべき日は2008年8月11日だ。
新潟から会津若松まで乗り通すために、前日新潟に入った。自宅を出て新宿から湘南新宿ラインで高崎までいき、それから上越線で長岡、さらに信越本線で新潟という行程だ。もちろんこの時期だから、切符はとうぜん「青春18切符」を使う。
この「青春18切符」は普通車のグリーン席にも乗車ができるから、今回は生まれてはじめて、グリーン車に乗ってみた。
湘南新宿ラインの快速は、4両目と5両目にグリーン車がある。そこで新宿高崎間グリーン車に乗ることにした。
駅でグリーン券を買い、ホームで待っていると10時13分発の電車が入線してきた。
この線は土曜日にたびたび乗ったことがあるが、土曜日ではグリーン車はいつもがら空きだったので、きっとがら空きだろうと思いながらグリーン車が停止するのを見ていると、なんとグリーン車は満員に近いではないか。これはひょっとすると、グリーン車初体験が立ち席になるかと一瞬ひやりとしたが、幸いに新宿駅でかなりの人が下車し、なんとか2階席に座ることができた。
たしかにグリーン席は快適で、高崎までのんびりと過ごすことができた。
高崎からは上越線に乗る。長岡行きにのったつもりだったが、実は水上行きで、水上で乗り換えることになった。幸いに乗り換えてもすわることができた。
長岡でさらに信越本線に乗り換え新潟にむかった。
途中、ゆかた姿の若い女性が何人も乗り込んできた。その理由がわからなかったが、新潟に着いて、新潟の信濃川べりで花火大会があることがわかった。
花火大会見物客が近隣からJRに乗ってやってきていたのだ。
花火大会については知らなかったので、これは幸運とばかり早速見物にでかけた。ホテルの人によると、万代橋へ見にいく。
花火そのものは、たとえば隅田川の花火大会に比べて数が少なく、打ち上げ間隔も間延びしていてそれほど迫力はなかったが、とにかく夏の風物詩を味わうことができた。
翌日11日、9時20分頃新潟駅にいくと、すでに「SLばんえつ物語号」はホームに入っていた。
まずは前に回ってSLのC57の雄姿をじっくりと観察する。昭和20(1945)年製というが手入れが行き届いているせいか、まるで新品のように見える。
座席は1両目の中ほどだったが、1両目ということでSLの直ぐ後ろに連結されていて、客車の前のドアのガラス越しに石炭車のうしろについているライトが見える。
客車は、レトロ調の内装がほどこしてある。電燈は蛍光灯でなく、丸い電球カバーのついた白熱電球であった。そして、扇風機が天井を回っている。
席は4人掛けのボックス席であった。
今回は、娘と二人で行くつもりで、2人分の席を予約していたのだが、急な用事で娘がこられなくなり、ふたり分を一人で使うことになった。
私と対面する側の窓際の席には、若い女性が一人座っていて、その隣には小学生らしい女の子が座っている。通路を挟んで反対側のボックス席の通路際には、これまた小学生らしい子どもが一人座っていて、この小学生と話をしている。どうやら姉妹らしいので、私の隣の席が空いていることだからとその子を呼んですわらせてやったら、向かいにすわっている若い女性が話しかけてきた。
東京のS大学の4年生のIさんという女子大生で、福島の実家に帰るためにわざわざ「SLばんえつ物語号」をえらんだという。昨夜は新宿から「ムーンライトえちご」で新潟まで来たそうだ。
話してみると、わざわざ「SLばんえつ物語号」に乗りにくるだけあって、かなりの「鉄子」さんらしい。
本人曰く、シベリア横断鉄道に乗ってみたいが、今は政情不安だから、安定したら乗ってみたいというし、中国からチベットへ行く青蔵鉄道にも乗ってみたい様子だった。
この女子大生の就職先は、JR東海だという。どうしてJR東海をえらんだのと尋ねると、JR東海ならば総合職で新幹線の運転士の道が開けているからだとのことだった。
彼女は将来は新幹線の運転士になりたいのだが、JR東日本ではその実現が難しそうなので、JR東海を選んだという。
たしかにJR東海には、女性の新幹線運転士が何人かいる。
ただ、運転士になるためには、先ず駅務員から初めて、試験を受けて車掌になり、さらに試験を受けて運転士になるということだから、あと何年かすれば、新幹線の車掌になって車内アナウンスをしているかもしれないし、さらに何年かすれば晴れて新幹線の運転士になっているだろう。
彼女の夢がいちにちも早く叶うことを願っている。
「SLばんえつ物語号」には、展望車と売店車両が併設されている。展望車では、子どもむけに簡単な工作教室が開かれていたし、展望車は両側がガラス張りで外の風景がよく見えた。
背が低くすこし太り気味の若い車掌が、まるで「銀河鉄道999」の車掌のような帽子をかぶり車内を行ったりきたりし、さらにまたアテンダントらしい若い女性もお客に対して気配りしている。
「SLばんえつ物語号」は、給水のために、津川駅と山都駅ですこし長めの停車をする。その時は、ほとんどの乗客がホームに降りてSLと記念写真を撮ったり、ビデオカメラでSLの雄姿を収めたりしている。
私も女子大生に頼んでSLを背景にして写真を撮ってもらい、ついでにその女子大生とのツーショット写真も撮らしてもらった。
その女子大生は、日出谷駅だか野沢駅だかで下車していったが、実家がその駅の中間にあるとかで「SLばんえつ物語号」が通過したときに、家の人が線路の側にきていて、手を振っていたとか言っていた。
会津若松は20年ほど前に娘と来たことがあるが、今度着てみると駅の様子がすっかり変わっていた。
駅前で「ハイカラさん」バスというボンネットバスに乗り、会津鶴ヶ城に向かう。
鶴ヶ城の天守閣を見物したのだが、昔の建物だから当然ながらエレベーターやエスカレーターといった便利な昇降手段はない。やむおえず、階段を上るのだが、脊椎管狭窄症の身には、杖をついてもなかなかつらいものがあった。しかし無理をして天守閣の一番上に上り、四方の風景を楽しむ。
またまた足のしびれを気にしながら、長い階段を下って、矢印にそって出口にむかうと、そこは、おみやげ物売り場になっていてその中を通らないと出られないようになっている。
たしか、以前に来た時、会津武家屋敷もそのような構造になっていて、おみやげ屋を通らなければそとに出られなくて、会津の人の商魂のたくましさに驚いたことがあったが、それが鶴ヶ城までそうなっているのをみて、またまた会津人の商魂たくましさをなかばあきれつつ感じてしまった。
鶴ヶ城のお堀端に、面白いことにおよそ不釣合いな概観のラブホテルが一件たっている。江戸時代と現代の見事な対比がなんともいえず世相を写している。
鶴ヶ城の側にある「会津葵」で名物の「会津葵」を土産に買い、バスで会津若松駅に向かい、会津若松駅からは、郡山、黒磯、宇都宮、赤羽で乗り継いで帰宅した。
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